桐島、会社やめるってよ

読んだ本や見た映画についてのアレコレ

『プロット・アゲンスト・アメリカ もしもアメリカが・・・』

『プロット・アゲンスト・アメリカ もしもアメリカが・・・』は、私が勝手に先生と呼ぶ内田樹さんがどこかの媒体でお勧めしていた本で、気になっていたので近所の図書館で借りて読んだ。

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この本は、作者のフィリップ・ロスが6歳のときの1940年のアメリカを舞台にした小説である。主人公は作者自身フィリップ少年で、家族構成も実際のロス一家と同じ。住んでいる場所も1939年まではフランクリン・D・ローズベルトがアメリカの大統領を務めていたことは同じ。この小説の特色は、1940年のアメリカ大統領選において、冒険家のチャールズ・リンドバーグ共和党から出馬し、大統領に選ばれるというプロットで物語がスタートするというところにある。

つまり、フィリップ少年の視点を通して、1940年時点で実際には起こらなかったことが起きたらどのような世界になっていただろうか、という仮想世界での話を緻密にフィクション化してみせた半自伝的な小説である。

 

ロス一家はユダヤ人の家族で、裕福ではないが保険外交員として働く父と穏やかな母、幼いころに両親を亡くし、身を寄せているいとこのアルヴィン、絵を描く才能にあふれる兄サンディ、切手収集を趣味とするフィリップの5人家族である。彼らのつつましく穏やかな生活が、新ナチスで反ユダヤ思想を持つリンドバーグ大統領の登場によって次第に暴動と差別の雰囲気に浸食されていく。

フィリップ少年自身に身の危険が及ぶことはあまりない。さらにヨーロッパで展開されているユダヤ迫害の実態はフィリップ少年は深くは理解していない。それでも、いとこアルヴィンの身体にもたらされた戦争の傷跡や、兄サンディの心身の変化等、周りの人間の変化を敏感にくみ取り、傷つき、見えない危険に恐れおののく様子が見に迫るようだった。

この小説のすごいところは、起きなかったことが起きたと仮定して社会にはどんな変化が起こるだろうか、というモチーフが想像を超えてリアルな物語として浮かびあがるところにある。リアルさ、というのは作者のフィリップ・ロスユダヤ人であり、彼自身の人生を通じて、たびたびに感じてきたアメリカ社会でのメインストリームでなさという出自が影響しているのだろう。

 

これは2004年のブッシュ政権下のときに書かれた小説だが、先日の米国大統領選挙であったような国の深い分断を見ていると、今でも十分に「ありそう」な展開というのが恐ろしい。この小説ではアングロサクソン系とユダヤ系のうっすらとした分断が根底にあったが、今や有色人種とそれ以外の分断。はたまた富裕層とそれ以外などなど、切り口はいくらでもありそう。そして、これはアメリカのものがたりとして書かれているが、自分が今いる社会が微妙なバランスの上に成り立っているのだろうなという深い感慨を感じることとなった。

 

なかなか長い小説で読み切るのは大変だったが、大変興味深い本だった。なお、今年になってアメリカのHBOでドラマ版の『プロット・アゲンスト・アメリカ』が公開されているようなので、日本でもネットフリックスやアマゾンプライムで見れるようになるのを楽しみにしている。

ロス家の母親の妹、すなわちフィリップのおばにあたる女性をウィノナ・ライダーが演じているらしい。ウィノナ・ライダーも一時はいろいろと心配されていたけど、『ストレンジャー・シングス』で完全復活みたい。よかったよかった。