桐島、会社やめるってよ

読んだ本や見た映画についてのアレコレ

『騎士団長殺し』

騎士団長殺し』は 2017年2月に新潮社から発売された村上春樹の長編小説だが、私はこれが発売された時代の風景ををよく覚えている。というのも、同年3月に誕生日を控えた友人にこの本を上下セットでプレゼントしたからだ。小学校の高学年くらいからプレゼントの交換を始めていた相手だったから、彼女の人生においておそらく何十回もプレゼントをあげているわけで、この時くらいから、何を渡すべきかというネタがつきていた。さらに、お互いあまり物欲がないために、何か欲しいものある?と聞いても特にないかな、という回答。だからこそ、たまたま書店の前を通り過ぎ、入口の目立つところに平積みされたこの上下2セットをみたときに、本好きの彼女にあげるのにがいいのではないかと思ったものだった。

 

そして、そのプレゼントを渡してから早4年弱が経過したわけで、時の流れの速さにはいつも驚かされる。このプレゼントを友人に渡したのち、なぜかその友人が逆に読み終わったこの本を私に貸してくれて読んだのも同じころ。すぐに読んで友人に返したことは覚えているが、本の内容については「騎士団長殺し」という絵が出てくる話、ということしか覚えておらず、図書館でこの本を見つけた時に読んでみようという気持ちになったものだった。

 

今回のコロナ自粛に際し、特に趣味のない私は本と映画で時間をつぶした。村上春樹の小説も『ねじまき鳥クロニクル』『1Q84』と読み続け、今回は『騎士団長殺し』である。この比較的新しいうちに入る3作で言うと、29歳現在の自分は『騎士団長殺し』が一番好きかもしれない。

 

騎士団長殺し』は、肖像画の仕事を手掛ける画家の「私」が、妻と別居することになり、9ヶ月間、友人の父である雨田(有名な日本画家)の小田原の山奥の家に住んだときの話である。ある日、「私」は小田原の住居の屋根裏に雨田の未発表作品「騎士団長殺し」の絵を発見する。その発見をきっかけにして、「私」の身の回りで不思議なことが多く起こり始める。まずは、近くに住む謎の富豪「免色(メンシキ)」から、高額な報酬での肖像画を依頼される。さらに、夜中に家の近くの祠から、鈴の音が聞こえるようになる・・・等。免色との交流が進み、また同時に鈴の音の原因を突き止めていくうちに、自分の過去のトラウマと向き合い、結果として妻を取り戻す、という話(だと思った)。

 

私の乏しい読解力をもってしては、『騎士団長殺し』に限らず村上春樹の小説のあらすじを説明するのは難しい。特に、起承転結の部分の、「転」の部分が結局どういう内容なのか、というのを言語化して完結にまとめることができない。

 

村上春樹の作品で、よく登場するアイテムは、なんといっても「井戸」とか「穴」。これは日常世界と異世界との境界となっている場所で、主人公は井戸や穴に潜ることを通じて、この世ではない場所へと行くことになる。さらに、人間ならざるもの(で、大抵は邪悪なもの)が登場する。1Q84でいえば、「リトルピープル」だろうし、かなり昔の作品だけど『世界の終わりと~』でいえば「やみくろ」が該当するだろう。そして主人公は、人知れず「邪悪なもの」と戦い、この世界を悪が席捲することを未然に防ぐ、というプロットが多いように思う。一方で、『ねじまき鳥~』と『騎士団長殺し』はいずれも消えてしまった妻を取り戻す、という話で、『騎士団長殺し』では「私」は幼いころに亡くした妹の幻影を妻に見ており、妻はそれを知ってか知らずか「私」のもとから去る。「私」は「穴」からこの世ではない世界を通り、妹の亡霊的なものの手を借りて再びこの世に戻ってくる。結果として元通り妻との生活を手にすることになる。なんとなくギリシャ神話の毒蛇にかまれて死んだ妻を取り戻すために冥府に入ったオルペウスを彷彿させる話でもある。

 

とまあ、ぐだぐだと色々書いてみたのだけど、私自身、正直読解しようという意欲も能力もあまりない。キツネにつままれたような、よく理解できないがままに物語が着地する心地よさみたいなものを村上作品に求めているような気さえする。村上春樹の作品は難解でありながら、自分の身近な生活を切り取っているような親近感の両者が同居する。そこが世界的な人気を博す村上作品の魅力なのかもしれない。